「でも、もう、おそいなあ。黄昏だ」  「朝ですわ」 ――太宰治/斜陽

火曜日, 2月 02, 2010

自死という生き方を読んでいる。

自死という生き方 (双葉新書)">須原一秀「自死という生き方」
を読んでいる。

自身の哲学的プロジェクトの締めくくりとして、自決。
それにあたって描いた遺著だ。

病院の購買部で見つけた一冊。
まだ読みかけだが、
「自然死(あるいは病死)もまた残酷なものである。自死という選択が与えられないのは酷いこと」
「健常な精神でも、自死という選択はあり得る(武士の切腹を例にあげて)」
というのが、テーマで、
自身が自死に到るまでの心の動き、考え方が書かれる。

以前の彼の著作の中で
「自分で寿命を決めて、その中で生きる」
ということを書いたものがあったようで、
それの証明でもあるらしい。

非常に重い。
読んでいる途中だが、
読みながら感じたことや、覚書を、ここにしていこうと思う。
読み終わっても感想とかすぐには書けないかもしれない!

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